
世界の人々の健康のために、最先端の科学を追求し、より良い社会の実現を目指す社員の想いを紹介します

2022年春。
製造プロセス開発に携わる研究者たちは、共通する課題意識を抱えていました。
「もっと多くの反応条件を試せたら、より良い製法を見つけられるはずなのに。」
新しい薬を患者さんへ届けるためには、有望な薬の候補を見つけるだけでなく、その薬を安定的に製造する方法を確立することも欠かせません。しかし近年、化学合成で作られる医薬品はますます複雑化し、製造方法の開発で検討すべき反応条件も増え続けています。原料から原薬ができるまでに約20もの工程が存在することもあり、各工程でさまざまな反応条件を試していく必要があります。
より多くの反応条件を比較・検討できれば、より良い製法につながる可能性が高まります。しかし現実には、時間や材料には限りがあり、研究者たちは試したい実験を諦めざるを得ないこともありました。
その状況を何とか変えたい。そんな現場の思いから生まれたのが、多数の反応条件を効率的に比較・検討できる、ロボットを活用したハイスループット実験法でした。

角居 雄太
技術統合研究所
プロセステクノロジー 主任研究員
「もっと多くの反応条件を比較・検討できたら、より良い製法を見つけられるはずなのに、それができないことにもどかしさを感じていました。だからこそ、探索の幅を広げて、研究者がより良い判断ができる環境を実現したいと考えていました」と、製造プロセスの開発を担当する技術統合研究所の角居は語ります。
研究者たちが、業務の合間を縫って集まって議論と試作を繰り返す。そんな試行錯誤の日々が始まりました。市販の機器やアイデアを組み合わせながら、まずは半自動のハイスループット実験法の構築に取り組んだのです。
「最初は、有志活動に近いものでした。みんな本気で、もっと良くしたい、もっと良くできると考えていました。毎週集まって性能や課題について議論しながら、自分たちに本当に必要な仕組みを追い求めていったのです。」

石原 幹生
技術統合研究所
テクノロジースカウティングリード
半自動のハイスループット実験法の運用が始まり、探索の幅が大きく広がった一方で、実用化に向けた課題も見えてきました。
「私たちが現在扱う医薬品の候補化合物は、作り方も複雑です。一方で、製造方法の開発にかける時間を増やすことはできません。説明書が20ページある複雑な組み立て家具を、5ページ程度の家具と同じ時間で作れるかどうかを想像してみてください。これまでと同じやり方では到底できません」と、この取り組みをリードしてきた技術統合研究所の石原は語ります。
「より多くの実験を効率的に進めながら、安定した結果を得るためには、さらなる自動化が必要だったのです。」
研究者たちが求めていたのは単純な自動化ではありませんでした。開発初期の限られた材料しかない段階でも使えること。何度行っても安定した結果が得られること。そうした現場で培われた知見や課題を共有した相手が、島津製作所でした。
研究者たちは、自ら進んで、ハイスループット実験法を構築・運用してきたからこそ、現場で本当に必要な機能や実現したいことを具体的に語ることができました。患者さんにより大きな「価値」をより速く創り、届けるために何を実現すべきか。現場の課題を率直に伝え、それに島津製作所が真正面から向き合う。そうした対話を重ねる中で、両社の信頼関係は深まっていき、本格的な共同開発が始まりました。
ロボットを使ったハイスループット実験法の実現には、多くの技術的な壁がありました。その一つが、自動で反応容器のキャップを閉める技術です。単純な作業に思えるかもしれませんが、これは特に大きな技術課題の一つでした。
この実験法では、約100個の小型ガラス容器を使って、多くの反応条件を同時に評価します。すべての容器のキャップを確実に閉める必要がありますが、長時間、高温で薬品にさらされるなど、キャップは劣化しやすい状況にあります。
「均等な品質を保ちながら多数の容器のキャップを自動で閉め、安定して実験をするために、既製の自動化装置では必要な性能を満たすことができませんでした」と石原はいいます。
アステラスと島津製作所は何度も実験を繰り返し、データに基づきながら最適解を探りました。こうした地道な積み重ねがロボットを使ったハイスループット実験法を支える重要な基盤となっていきました。
角居は続けます。
「完成した機械がガシャンガシャンと動くのを島津製作所で初めて見たときには、両社のメンバーから拍手が沸き起こりました。ワクワクしながら実験を続けてきたことが、患者さんの『価値』につながろうとしている。改めてやりがいを感じた瞬間でした。」



ロボットを使ったハイスループット実験法の導入によって、研究者たちの実験スタイルは大きく変わりました。
従来は順番に行っていた反応条件の検討を同時並行で一気に進められるようになりました。さらに、約5mgという非常に少量の材料でも実験できるため、候補化合物が十分に確保できない開発初期段階から幅広く検討することができ、開発スピードの向上にもつながっています。
「従来は研究者が手作業で1週間に10件行っていた反応条件検討が、この実験法を用いることで、2,000件に増えました」と石原は説明します。
これまで時間や材料の制約から諦めていた反応条件まで検討できるようになり、研究者はより確かな根拠を持って判断できるようになりました。
現在、ロボットを使ったハイスループット実験法の活用は、抗がん剤など、複数のプロジェクトで始まっています。そして、チームが見据えている未来はさらにその先にあります。
「自動化はあくまでも通過点です。実験から得られる大量のデータを活用しながら、AIが研究者の意思決定を支援し、研究者が最終判断を行う。私たちが目指しているのはより速いスピードとより高い質で、そのための実験環境を実現したいと考えています」と石原は語ります。
患者さんにより大きな「価値」をより速く創り、届けたい。研究者たちの情熱から始まった挑戦は、これからも新たな可能性を切り拓いていきます。